オリオンが沈む前に出かけよう。

Posted by Anna(旧:Noa) On 2015年1月30日金曜日 0 コメント

にしたび記事が途中になっておりますが、息抜き(?)記事をばw
私は元々魂のテーマとして『自由』というキーワードが非常に重要なものでして。
支配階級や権力ってものがだいっきらいwなんですね。
2014年は30年間の色んな人々とのご縁を通し、権威や依存的な人やモノに対する嫌悪感がMAXになっていました。知らず知らず自分がコントロールされたり、したりしていたことに烈火のごとき反発心が湧き出ておりましてね。
もっと自分の意志で私らしく、真っ当に生きていきたい!と、2014年後半は火のエネルギー、意志の力、創造、、チャクラでいうと太陽神経叢のテーマにフォーカスしていました。

きっと誰しも抑圧されたり、何か大事なものを略奪されるのは嫌なことだとは思いますが、私にとってこれは現世的なことだけでなく、何か魂的なトラウマがあるように感じていました。
というのも高次の存在や、宇宙存在に対しての反発心や疑念みたいなものが実は常にどこかにあり、どっぷり自分も浸かってるくせに、それに携わる人々に対しての疑念もありました。(笑)

ニューエイジの思想やスピリチュアリティを開いていくことはとても大切なことであると思いながらも、ずっと抱き続けている何かへの反発心のような想い…。
疑うことは大事な事、とはいってもこれはアカン、いったいこの感情はどこから来るものなんだろう??と、本気で思い始めた2014年年末。

それとシンクロしてか、同時期に『オリオン』というワードがきていました。
オリオンといえば、オリオン大戦。
想像もつかない遥か昔、地球の歴史が始まる前に、沢山の星々を巻き込んでそれこそ映画のスターウォーズのような戦争があったという。
まるで夢物語のようなお話ではありますが、ニューエイジのなかでは定説のようになっております。
そしてそのオリオン大戦の記憶を持ちこしてきているのが今の地球なのだとか。
真偽はともかく、こらへんのことをまとめたリサ・ロイヤルさんのプリズムオブリラは考察に値する一冊です。

オリオンの文化圏は極端に男性的なエネルギーで威圧的、支配的で、戦闘的。
人々をマインドコントロールし、愛や情から一切切り離して、徹底的に女性的なエネルギーを抑圧したというイメージ。
地球に住む我々すべては星々のエナジーと切っても切り離せないものなので、何かしらこのオリオン大戦のトラウマみたいなものを、私も持ち越していてもおかしくないな〜とはぼんやり思っていました。

そんな折、年末の歌番組を見ていて、以前からこの事務所のアーティストってオリオン大戦の記憶を保持してるぽいなーと勝手に妄想しているwグループの、、
それこそ『オリオン』という曲を聞いていた時に、ポップなダンスチューンなのに歌詞が妙に刺さって、涙が溢れてくるという現象がw
オリオン時代の何かの記憶の様なものが蘇りましてね、戦闘員だった人々がコントロールから解放され目覚めて地球に逃げてくる、、もしくは地球を舞台とした二元性の争いの続き。。という。
なにこの感情、、妄想⁈ww と思いながらも、権威に支配されたくねー!って思いは、やっぱり宇宙時代のトラウマに機縁してるのかもと強く思うようになりました。

さらに先日、再スタートをきったArganza様の読書会Bに参加してきました。
教本は『マグダラのマリアと聖杯』だったのですが、序文でいかにローマカトリックが女性を抑圧してきたのかということが書かれておりました。
あれ?でもこれってオリオンの原理と同じだ。。。と思った時にいろーんなことがビビビときたわけです。

Amariさんが読書会で仰ってたのは、歴史は光と闇の時代が交互にやってくる、まるでミルフィーユなのだそうです。
どちらが良い悪いではなく、大きな視点で見たらその両極の時代を経ることに意味があったのだと思いますが、
初期キリスト教からローマの国教となってゆく混沌とした時代に、宇宙的な視点から見てこのオリオンのエネルギーが強く影響していたのではないかと思います。
もちろんこの時代・文化圏だけでなく、様々なタイムラインと場所で光と闇の攻防があったことでしょう。
超古代にあったと言われるレムリア文明からアトランティスへの移行期。
日本でいったら、古代から藤原氏が台頭してくる時代もそうかと。笑
その地球の歴史の変わり目の時代に、私のタマシイもご縁深いようです。
弾圧されたりしたりを繰り返すことが多い魂だとしたら、そりゃ、支配したりされたり嫌いだし、細胞の奥深くにその思いは強く刻まれているのかと思います。

そしてね、もう光と闇の、その攻防にも飽き飽きしているんだと思います。
先日、スカイプにてRicca兄貴と話していて、歴史は繰り返すけど前と全く同じではないと。。。
私もそう思っています。

悲しいニュースが飛び交う昨今ですが、この時代この地球でこそ、
光と闇の二極の壮大なミルフィーユ、くずして、みんなで美味しく食べちゃいたいなとw思いますよ。 
なんつって。

それには、各人が自分の仕事を思い出してこつこつそれに取りかかることかなと。どんな些細なことでも、その人の魂の仕事なら、それはこの地球と宇宙に大きなものをもたらすと思うのです。
散々言われてきたことかもしれないけれど、それが愛に向かうということなのだと思います。
同じ空を見上げているのなら
オリオンが沈む前にでかけよう 
胸の鼓動分け合えば 
銀河も乗り越えられる 



Anna

ふゆのにしたび part3 高天彦神社~伏見八幡神社

Posted by Anna(旧:Noa) On 2015年1月24日土曜日 2 コメント

高鴨神社を後にした我々は、次の目的地である高天彦神社(たかまひこじんじゃ)を目指します。

高鴨神社の社務所で高天彦神社にはどういったらいいかお聞きすると、ちょうど良いバスも出ていないので徒歩でいくしかない感じ。
お腹もぺっこぺこだったので、ご飯食べれるところorコンビニの場所を聞いたら、それも近くにはないとのことで、、とりあえず目的地方向へ歩いてゆくことに。
お昼抜きで相当な距離を歩いたわけですが、不思議とお腹が減らない。
葛城の景色があまりに美しくて、エネルギーチャージされたかな(*^。^*)笑 
 


高鴨神社を出発して30分ぐらいかな~、ようやく『高天(たかま)』の標識が。
高天彦神社のある高天(たかま)は神代の舞台であると言われる高天原のことで、天上の神々が住んだ地だとの伝承地であるとか。

 
 
急な上り坂をてくてく歩いてゆくと、高天彦神社の標識が。
「え、ここ上るの?!山じゃん。てか怯むぐらいの暗さなんですけどwww」と思いましたが、 標識はこっちだっていうし、上るか!と思っていたら、後ろから近くの民家のおじさんがやってきて、
 
 
「右の車道が近道だから、女の子がそんな気味悪いところのぼっちゃだめだ。」
と優しいお声掛けを…(>_<)
高天彦神社に続くこの山道、まつろわぬ民である土蜘蛛が住んでいたといわれる窟があるそうで、気になっていましたが、後から登った人の話を聞くと本当に薄気味悪い場所らしく、
あそこで止めてくれたおじさんに本当に感謝したのでした。ありがとうございます(>_<)
写真で見るとそんなでもないですが、ほんとためらうような感じのとこだったのだよ~。
 
近道だという傾斜が地味にきつい車道を登りきると、開けた場所に出ます。
これがきっと高天原なのでしょう~。とってものどか~~^^

そして目的地の高天彦神社に到着です。


高天彦神社(たかまひこじんじゃ)
ご祭神は葛城氏の祖神である高皇産霊尊(たかみむすび)。
元々は葛城山の地主神の高天彦を祀っていたとも言われており、古くは高天山と呼ばれた金剛山麓に広がる台地上に位置し、天上の神々が住んだ高天原の伝承地でもあります。
。社殿後方のピラミッド型の白雲峯(694m)を御神体とする、自然信仰の名残の神社です。
 

や~~~~、すごくいいところなんですけど、今までの二つの鴨社と違って空気が妙に張り詰めている(>_<)
 
いわゆるオリオン系のエネルギーというのかな、ひっさしぶりに頭にガンガンくる場所でした。
千晶ちゃんと手を合わせ、お社の周りをぐるぐるしていると不思議な石を発見。
妙に気になったので、二人で長いことこの石の前で手を合わせていたのだけれど、
帰りに調べていたら、なんとまあびっくり(>_<)
蜘蛛窟に住んでいた土蜘蛛を殺して埋めたのがこの石の塚のようでした。
そりゃあ気になるわ。。
 
 
しかも何かの境内社で抑えてるなあと思ったら「春日社」でしたwww

手を合わせながら土蜘蛛たちの想いや葛城一族、葛城王朝、鴨一族などに想いを馳せました。
古代この土地にどんなエネルギーが降り注いでいて、そしてヒトの歴史のなか、どんなものをお山は見てきたのかな。
この土地に導いてくれたすべての魂たちに静かに感謝させていただきました。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

さて、高天彦神社から、名前で気になっていた伏見地区にある、伏見八幡神社(ふしみはちまんじんじゃ)へ寄ってみることにしました。
近道だという山道が、ガチで熊とか猪とかが出てくるレベルの山道で、、、
土地勘もない、そして地元の人もあまり通らないであろうこの山道で飯も食わず一体なにをしているんだワシwww
とネタが増えて密かに喜んだ私は変態だと思いますww



最後に寄った伏見八幡神社。
こちらも温かく迎えてもらえた感覚があり、大きな風と共に、
そこに暮らしていた人々や神々のことを思い涙がホロリしそうでした。
昨日の伏見稲荷ともつながる、水の美しい土地。
神社の裏手は沢山の小さな神々が祀られており、一番奥の弁天社は古墳の上にたっているそうです。
千晶ちゃんの綺麗な声に合わせて一緒にもののけ姫を歌わせていただきました~(*^。^*)




それにしても葛城の山々や空には、そこにある寂しさや悲しさもすべて内包し昇華するような、力強い美しさがありました。
土地に呼んでくれた葛城の神々と精霊たちに感謝です♡


(明日香編へつづく♡…まだあるの?!)

Anna

ふゆのにしたび part2 三輪~鴨都波神社・高鴨神社

Posted by Anna(旧:Noa) On 2015年1月19日月曜日 0 コメント

西旅二日目は奈良県へ。

前日もご一緒下さった千晶ちゃんと一緒に御所市は葛城古道を歩いてきましたよ~~^^

前日のMariaさんのセッションで、葛城との魂のご縁があるとのことで、いざ葛城へ。
前回も奈良とのご縁を感じる旅でしたが、魂的にもよっぽど奈良が好きなんだろうな~と。
しかし、まさか葛城の土地を巡ることになるとは思っていませんでした~。
まさに、いきあたりばっ旅。




待ち合わせはお昼だったので、午前中に一人で三輪にも行ってきました。
桜井線から見える奈良の景色にやっぱりうるうるきちゃって。
奈良の大地との魂の繋がりを感じました。
大神神社、狭井神社、久延毘古神社などをまわってきました~。久しぶりの三輪の土地にも感動~。曇り空の三輪でしたが、大神神社の境内につくと雲の隙間から一条の光が♡

あ、ご朱印帳デビューもしちゃいました(笑)


さてさて三輪にご挨拶し、電車に揺られ御所市へ。
御所についたら曇り空もどんどん晴れ渡ってゆきました^^
千晶ちゃんと合流して、御所駅近くにある鴨都波神社(かもつばじんじゃ)へ。

 
ここは三輪の大神神社の御祭神の息子である積羽八重事代主命(つわやえことしろぬし)が祀られていることから、大神神社の別宮ともいわれるそうです。

鴨族によって祀られた神社で、古い社名は“鴨都味波八重事代主神社”(かもつみわやえことしろぬしじんじゃ)で、「代主(しろぬし)」は田の神の古語、「鴨都味波」は鴨の水端(みは、みづは) 、すなわち鴨の水辺の意、「八重事」はしばしばの折り目という形容で、つまり「鴨の水辺で折り目ごとに祀られる田の神」という御神名であるといいます。
一帯は「鴨都波遺跡」という遺跡で、弥生時代の土器や農具が多数出土しており、古くから鴨族がこの地に住みついて水稲農業をしていたようです。



とっても瑞々しくて穏やかな、素晴らしいお社^^
境内でうろうろしていたら奥の建物から宮司さん?らしき方が出ていらしたので、ご朱印と拝殿前で写真をお願いしたら、折角だからと、普段入れない本殿前まで入れて下さり、
そこでお写真パチリしていただきましたっ~~、感激っ。

これからどこへ行くのか聞かれ「どこがおすすめですか?」と聞くと色々教えて下さいまして、
本当に素敵な方でした~~^^これもお導き♪と、意気揚々バスに乗り込み次の目的地に。
「風の森」というバス停で降りて、目指したのは高鴨神社。
のどかな田園風景のなか、てくてく歩いてきます。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇

や~~、しかしなんて葛城の土地は素敵なところなんだろ~~~。
到着した高鴨神社もしかり。
ここのエナジーは本当に素晴らしすぎて、最初から最後までうるうるしっぱなしでした。


高鴨神社。
全国鴨(加茂)社の総本宮で弥生中期前より祭祀を行う日本最古の神社の一つだそうです。
鴨氏一族の発祥の地であり、鴨氏はこの丘陵から奈良盆地に出て、葛城川の岸辺に移った一族が鴨都波神社を、東持田に移った一族が葛木御歳神社(かつらぎみとしじんじゃ)を祀り、後に、高鴨神社を上鴨社、御歳神社を中鴨社、鴨都波神社を下鴨社と呼ぶようになったという歴史があるのだとか。



神社のHPでご由緒拝見したら、ご神域は鉱脈の上にあることが書かれていました~~。
感激と共にひとつひとつのお社に挨拶させていただきました。
御祭神は阿治須岐高日子根命(あじすきたかひこねのみこと)。
またの名を迦毛之大御神(かものおおみかみ)と言うそうで、神社HPによるとこの大御神と名のつく神様は天照大御神・伊邪那岐大御神と三神しかおられず、死した神々をも甦えらせる事ができる御神力の強き神様であるそうな。
アジスキさん、なんか昔から好きでね~。地元や近県の気になる場所・・・日光の二荒山や福島の都々古別神社もアジスキさん祀ってるところだったりして、きっとご縁のある神様なんだろうな~と思っていました。 


境内に大きな大きな池があるんですけど、これが本当にまた素晴らしいのです~~。
摂社末社のご祭神名にも見たことない神様の名前が書かれているお社があったりして、とってもおもしろかった~。この土地の奥深さを感じました。
なんとなくね、イメージカラーはオリーブグリーン~モスグリーンな場所でした。



境内の裏手に民家の畑があり、そこに小さな祠が。
近づいてみると、祠のわきに龍の形をした木が!!なんか良く分からないけど、手をあわせてたら涙が出てきそうになりました。この子もこの土地に呼んでくれたんだな~。


うへえ、予想以上に長くなっちまいましたww
葛城古道のたび、もう少し続きます。



(続きます)


Anna

アクセサリー価格・エネルギーワーク 改定のお知らせ

Posted by Anna(旧:Noa) On 2015年1月13日火曜日 0 コメント

おしらせです。
近日中に、ホームページにショップページを開設しようかなと思っております。
minneと並行して、今後はアクセサリーの製作とUPに力を入れていきたいと思います。
それに伴いアクセサリーの価格の見直しを行い、価格変更いたします。

甕ブレスは、モニター価格10,000から15,000円に既に改定しております。

現在minneページMarche de noel 2014ページに掲載商品も価格が変わりますので、
もし気になる方はお問い合わせいただければ、今のお値段でご対応いたします☆

またレコンセクレーションもモニター価格10,000から15,000円へ改定を予定しております。
今後も商品やワークの品質を維持し、長く継続していくために価格改定を決定いたしました。
皆様には何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

Anna

ふゆのにしたび part1 京都・伏見稲荷~藤森神社

Posted by Anna(旧:Noa) On 2015年1月10日土曜日 0 コメント


去年の年末、再び京都~奈良の旅に出ていました。
どんだけ西が好きなの、わたし(笑)
11月末に、「行かなきゃ!」と急に思い立っての旅だったのですが、今回もミラクルトラベルで(笑)
ちょっとまだ半分魂があっちに行ってる感じですw

初日には、折々にお世話になっている京都のセレーナMariaさんの元を訪ねました^^
今回、オーロラマーラレイのセッション後に伏見稲荷に連れて行ってもらうことになりまして、
初の伏見稲荷でもあったためにかなり観光気分で訪れてまいりましたw
年末の伏見稲荷は人がいっぱいでした、特に外国人観光客の数といったら!
久しぶりにthe観光地に来たな~って感じでしたが、境内からご神体でもある稲荷山へ足を進めると所々に静かな空間があり、もともとはとても静謐で素晴らしい場所だったんだろうな~と。

お稲荷さんや伏見稲荷に対してあんまりいいイメージが無かったのですが、
弥彦の湯神社や茨城の御岩神社に異次元感という意味で、少し雰囲気が似ているかも。
そして稲荷山は本当に広いデスネ~。
皆様の案内がなければ絶対に迷っていた、、いえいえ帰ってこれなかったことでしょうw

あ、境内の人のいない某所にて、ひざまずきながら祝詞を叫ぶようにあげている変わった人(笑)がいて、一瞬ひるみましたが、前回の土砂降りといい、なんかそういうのもネタの一部よね~~(^。^)y-.。o○
みなさん、現代にもそうやって変な術使ってなんかやらかしちゃってる人、リアルにいるから気をつけようね☆(キラッ☆)



 これは参道途中にあった長者社ご神蹟を祀る「御劒社」と剣の手水舎。かわいい♡
写真撮るの忘れたけど、御劒社のお社の後ろには、雷石というおっきな磐座が注連縄でぐるぐる巻きになっていました。
個人的に伏見稲荷で一番気になった場所です^^
帰ってから調べてみたら、これは雷神を祀る磐座で、長者社のご祭神は鴨玉依姫なんだそう。
ということはこの磐座は丹塗矢に化身して玉依姫と交わった火雷神か、二人の子供の別雷神をあらわしているのでしょうか。
長者社は伏見稲荷の創建に深くかかわった秦氏の祖神を祀るお社だそうですが、ここに鴨氏の玉依姫が祀られることからも、鴨氏と秦氏の深い繋がりを改めて感じました。
そもそも、伏見稲荷の祠官家大西家の家系図では、伏見稲荷の創始者・秦伊侶具(はたのいろぐ)が鴨県主久治良の子であり、松尾大社の創始者・秦都理(はたのとり)が鴨禰宜板持と兄弟であったとしているそうです。

実は今回の旅で、葛城や鴨族とのご縁を感じていたのでしたが、
初日にもこうして鴨さん関係の場所を訪れていたのかと思うと感慨深いです~。

さて、伏見の語源、いろいろな説があると思いますが、
伏見は=「伏し水」のことだそうで、豊かな水の土地であることがうかがえます。
稲荷山では水のエナジーや、龍のエナジーを感じるところも たくさんありました。
原始の稲荷山は、今とはもっと違った景色だったのかもしれませんね。


こんな立派な樹も生えていますよ~^^
一般ルートを外れて、静かな森の中、心地よかったです。

山を下りて、この日の最後に大岩山麓の藤森神社へ。
神功皇后が創建の由来になっている古社で、元々は伏見稲荷の地にあったそうですが、
伏見稲荷勧請の際に押し出されるように現在地に移ってきたそうです。

境内で白猫さんが我々をナビゲートしてくれました♡
落ち着いた素敵なお社でしたよ^^

 

突然決めた西旅で、急なお声掛けにも関わらずお会いして頂いたMariaさん、千晶ちゃん、小山さん、本当にありがとうございました~~~~♡♡♡
みんなでパチリ^^
2014年は二回も皆さんにお会いできたことに本当にうれしかったです~~~!!!



西旅は、奈良編につづきますっ。

(続)





Anna

あけましておめでとうございます☆

Posted by Anna(旧:Noa) On 2015年1月3日土曜日 0 コメント


2015年もAnnaと『arcanum』『女神のみすまる』をどうぞよろしくお願いいたします♡

Anna