いやひこの聲かすかに。 ~弥彦神社探訪記②~

Posted by Anna(旧:Noa) On 2014年11月30日日曜日 0 コメント


今回、おやひこショックで弥彦神社に関する摂社や旧跡地を回りました。
その中でも、弥彦山の日本海側に面している野積の妻戸神社(つまどじんじゃ)は、弥彦の原始のエネルギーをとどめている場所だと感じています。ここは天香山命の妻である熟穂屋姫命(うましほやひめのみこと)が祀られる神社です。
熟穂屋姫命かどうかは分かりませんが、訪れて感じたのはもともと弥彦は縄文系女神のエネルギーの強い土地だったのではないかということです。もしくは山の神とそれを祀る巫女(女性首長・シャーマン)の力が強い土地…。


弥彦大神が野積海岸に上陸し塩造りや漁業、醸造技術を伝えた後、内陸部を開拓するために妃神を残り山を越えました。
生活が定まった後で妃神を呼ぶつもりだったが妃神も一緒に移りたくて後を追いかけました。行き先を口止めされていた木こりが妃神に山越えの道を教えようと口を開けたとたん石になってしまいました。
妃神は自分の欲を詫び追いかけるのをあきらめてここに留まり、弥彦大神の開拓の成就を祈り、また石になった木こりの霊を慰めたといいます。というようなご由緒のある神社です。

※階段の手前に御幣(ごへい)が刺してあり、ご神体の大岩に近づくのを拒んでいるようです(妻戸さんじゃない何かがw)

元々はこちらの妻戸神社のエネルギーが強かったように思います。
この地では新酒を造り、その良く澄んだ酒をまずこの大岩に献じ口開けすることから、
ご神体の大岩を「口開け岩」ともいうそうです。



妻戸神社の目下に広がる野積、ここは酒造りが盛んで、野積杜氏は全国に良く知られていますが、この杜氏という言葉、女性の家長を表す「刀自(トジ)」という古語からきているという由来があります。
というのも古来、お酒を醸造したり神にささげるのは女性の仕事だったからだそうですが、
刀自は女性首長を表すコトバである戸辺(トベ)などにも繋がりますし、
この口開けの祭りも、妻戸の女神と巫女たちに機縁しているのかもしれません。

 ※彌彦山山頂から見た日本海と越後平野↑

妻戸には「風は吹くままに吹け、海は荒れるままに荒れろ。それが自然の摂理だから。」というような、豊かさだけでない自然の残酷さ、それをありのまま畏敬するというような、原始の信仰の名残を感じます。


(続く)

Anna



ここひと月という短い間、お隣の新潟県にある弥彦神社に通い詰めていました。笑
「おやひこショック」「おやひこ事変」ww と呼んでもいいかもしれない。
呼び寄せられるように地元会津のアースワークの仲間達と弥彦通いをしていました。



※↑2008年と2012年の写真。

彌彦神社(やひこじんじゃ)は、新潟県西蒲原郡弥彦村にある、彌彦山をご神体山とした、越後国一宮です。正式には「いやひこじんじゃ」と呼ばれるそうです。
弥彦のご祭神はニギハヤヒの息子で尾張連の祖でもある熊野の天香山命(あまのかごやまのみこと)~またの名を高倉下(タカクラジ)・手栗彦(タグリヒコ)~だと言われており、弥彦山山頂のご神廟に妻である熟穂屋姫命(うましほやひめのみこと)と共に祀られています。
天香山命(高倉下)は神武天皇が東征中、熊野で悪神の毒気により倒れた時に、布都御魂剣(フツノミタマノツルギ)をもたらし覚醒させた、神武東征の功労者です。

※彌彦山遠景、左が国上山、中央が彌彦山、と十宝山、右手に角田山。

その熊野の天香山命が、神武東征後、はるばる越後に派遣され、この地を治めたとありますが、なぜ神武東征の功労者である彼が中央から遠く離れた越後に鎮座することになったのか。
それは坂本政道さんの「ベールを脱いだ~シリーズ2巻」にも記されているようなことだったのではないかと…、今までの連合国を裏切り神武を招き入れたけれど結局自分たちも左遷され最後には滅ぼされてしまう…、今のところはそう思っています。分かんないけどね。

坂本政道 伊勢神宮に秘められた謎―よみがえる縄文の男神と女神 (ベールを脱いだ日本古代史パート2)

が、それだけに収まらない深層が弥彦には何重にもあるような気がしていまして、何度か訪れたことのある弥彦でしたが、今回はその深層から呼ばれている気がしたのです。
歴史は多重多層で、一つの事象や一人の人物にこだわっていると何も見えてこない、
「本来、ここはどういう場所でどういった人の流れがあったのか。」
という一番大事なことを知るということが、今回の「おやひこショック」(笑)だったのでしょう。
なので今回は様々な本の情報や神社が公式に伝えていることやご祭神のことは一度リセットして、実際の人から齎される情報、インスピレーション、物的事実、周りで起きている事象を頼りに、いろんなことを構築していきました。
すると今迄、よく分からなかった弥彦に関する点と点が繋がって何本かの線になっていったのです。



(続く)

Anna

ペリドットのひかり

Posted by Anna(旧:Noa) On 2014年11月22日土曜日 0 コメント


なんでもない午後
少し冷たくなったなないろの空気を吸い込んで
ぼくはどんどんピュアになる

純化の果てにはなにがあるの?
きみはこたえる

「さあてね、しらない。」

ペリドットのひかり
ただ、きみがいとしい

ぼくは言葉をもたない
あの花のよう
きみから注がれる
うつくしいそのひかりを
ただ一身にうけとめるから

ぼくの祈り
ぼくの愛
はじけてとけて
そらへ還るよ

ペリドットのひかり
ただ、きみがいとしい



Anna

11/16 イリゼさん横浜WS 【天使の愛を地上に降ろす】レポ

Posted by Anna(旧:Noa) On 2014年11月18日火曜日 0 コメント

先週日曜日、エンジェルワーカーである福岡のイリゼさんの天使のワークショップに参加するため、横浜へ行ってきました。
その前の週も、Amariさん…横浜Arganzaさんのヒーラーズカレッジに参加しており、二週連続の横浜でした。
ワシ、どんだけ横浜にご縁あるのwww

またこの日、機会あったら行こうと思っていたとある古墳が会場の菊名から二駅隣だということが分りましてね、開場前に意気揚揚訪ねて参りました。
菊名もね貝塚が出ているみたいだし古い土地なんですね~(=´∀`)人(´∀`=)
いいかんじの円墳が高台の公園にありました。



さてさてワークショップの内容ですが「天使の愛を地上の生活に降ろす」というもの。
イリゼさんもスピリチュアルな生活と現実の生活を分けないでとブログで仰ってたけど、そうなんですよね。この人生をどう生きるか、成長していこうとどう取り組むかってこと自体が既にスピリチュアルなことなんですもんね。

みっしりなテキストを使ったWS、講義だけでなくワークタイムも沢山あって楽しかったです~^^
「このワークショップ以降、天使達がワシに取り組んでほしいこと」のテーマでカードを一枚お持ち帰りしましたが、出たのはサンダルフォンの『gentleness(優しさ)』でした。↓


このカードを使ってもっと深くメッセージを受け取ってみるというのをしたわけですが、

『あなたらしく輝きなさい。あながあなたらしく輝かないこと、あなたらしさを表現しないことは、偽りのエネルギーで生きるということ、結局それは自分を苦しめる。それは自分に優しくしていないということ。まわりはあなたに優しい、あなただけが自分に優しくしていない。さっさと優しくすればいいのに。』

…というような非言語メッセージを頂きました。
優しさってそういうこと?!と、今まで何回も引いていたこのカードの天使からの真意がカウンターパンチのように深いところにググッと入ってきましたよw
優しさなのにフワフワじゃねええええwwwwさすが天使wwww
イリゼさんも最後にこう言ったことお話しされてて、今日私はこれを思い知るためにココに来たんだなと。
自分を本当の意味で甘やかす・優しくするためには立ち上がらなければいけない、自分でそうしてあげなくちゃいけないんだと改めて感じました。
幸せにならないのはあなたの怠慢ですという言葉を、某様のブログでお見かけしたけどその言葉が浮かんだよねww

(↑会場のギャラリー弥平さんのお庭に咲いていたお花♡)

ricca兄貴から差し入れのくまもんシェフ(旦那様)お手製マカロンも昇天するぐらい美味しかったでふ♡

そして、今回ですね、有難いことにマスターからお許しを得て、
会場でAnnaのアクセサリーを販売させて頂きました^^
一度にたくさんのアクセサリーをたくさんの方に見て頂くのは初めてで、ドキドキでしたが、
手に取って頂け、そしてご購入頂けたこと嬉しく思います!
本当に本当にありがとうございました^^

↑兄貴に撮ってもらいました。ありがとうございます^^

今日の事がまた新しいアイテムをクリエイトしていく原動力です。
今回のアイテムはまたminneやブログなどで販売してゆきますね♡

イリゼさん、主催のまなみさん、ご一緒下さった皆様、本当に素晴らしい時間をありがとうございました!!!



Anna

火と水のコンツェルト

Posted by Anna(旧:Noa) On 2014年11月4日火曜日 0 コメント

火と水のバランスを取ると最強らしい(?!)

火と水のエネルギーの交わるところ。
双方の調和の取れた場所というのは、とても穏やかな場所だということを色んな土地へ訪れるたびに思うのです。まるでレムリアのような穏やかで愛しい場所。
例えばご神体山と海や湖の組み合わせ、これはまさに火(山)と水(海)のコンツェルト。
男体山と中禅寺湖、箱根山と芦ノ湖、猪苗代湖と磐梯山、伊吹山と琵琶湖、カルデラ湖である十和田湖…などなど。

火(か)と水(み)で「神」。
水(み)と火(か)で「甕」。
△は火、▽は水で六芒星。

…なんてね、これは言葉遊びだけど(笑)
そういった場所が聖地である(エネルギーが強い場)ということを古代の人は肌で感じていたんだろうと思います。そういった場所に敬意を持って暮らしていたんじゃないかな?
自然を敬い、調和して暮らしていた時代があるのなら、それは、ある意味今よりとても高度で豊かな文明だったのではないかな、と私は思うのです。

そのうちに、古代の人々は、そうした偉大な自然のエネルギーを模倣して、人間が利用できるように「魔法(マジック)・術」を開発したのでしょう。それは古代の最先端科学であったのだとそう思います。

けれども我々人間の文明が肥大するにつれ、たくさんの火と水を使うようになって、
自然から少しだけ間借りしていただけだったもののバランスが崩れてしまったのじゃないかな。
火と水を使ったより強力な魔術を開発して、その利をヒトが貪欲に得ようとした結果だったのでしょう。

そして自然の崇りを恐れ、鎮魂しようとした。
自然を慰撫し敬うことで、もっともっと搾取しようとして。
それが文明が肥大してからの「神社」や「寺」というものの本当の姿なのだろうと思います。
春を呼ぶ東大寺のお水取りは、火と水の魔術の最たるものでしょう。


でもね、「多すぎる火は 何も生みやせん。」って、風の谷の古老はそう言ってたっけ…。


土地も人も、火と水の本来のバランスで生きることが大事なんじゃないかな。
 


つい最近、日立の御岩神社、新潟の弥彦に呼ばれて(弥彦には本当に呼ばれてたと思うw)本殿だけじゃなく、旧跡地や関係のお社をまわったけど、どんなに質素で小さなお社でもその土地に溶け込んでいる場所というのは本当に心地が良いものです。
自然や祖霊、そして自分の宇宙のソースを敬うこころ。
火と水のマジックは、純粋なその心象で使った時にこそ、真の力が発揮されると思うのです。


いろのみ「星」(ubusunaより)



Anna